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時を紡ぐ、釜揚げの妙。老舗「吾妻」のささめうどんに教わる、引き算の美学。
大阪・池田の地に暖簾を掲げて百六十余年。幕末の元治元年から続く「吾妻」さんの門をくぐると、そこには時が止まったかのような、静謐で美しい空気が流れていました。
幾多の星霜を経て磨き上げられた柱やテーブルが放つ、鈍くも温かな光。古いものに心惹かれる我が子も、その静かな佇まいに何かを感じ取っているようで、親子でこの空間に身を置ける幸せを静かに噛み締めました。
何より、お迎えくださったご主人の気さくで温かなお人柄が、初めて訪れた私たち家族の緊張をふんわりと解きほぐしてくださいました。仕事で近くを訪れることは多くありましたが、ようやく家族でこの暖簾をくぐれたのは、私にとっても念願のひとときでございました。
釜揚げの温度が引き出す、麺の糊化とあんの調和
主人と子供がいただいたのは、名物の「ささめうどん」。こちらのうどんは、茹でたての麺を水で締めず、そのまま供する釜揚げの仕立て。そこに熱々のあんを注いで仕上げられています。
料理研究家としてこの一杯を紐解きますと、その温度管理の的確さに気づかされます。高い温度を保ったまま供されることで、細麺のデンプンが理想的に糊化(こか)し、独特の柔らかな伸展性が生まれています。芯に微かな密度を残しつつ、外層はつるりとふんわりした食感。あんの粘性が麺を優しく包み込み、一体となって喉を滑り落ちる感覚は、釜揚げという技法ならではの特性がよく活かされていました。
お出汁をあえて穏やかに、慈しむような淡い調子に整えている点にも、老舗の理(ことわり)を感じます。昆布の滋味を主軸に据えた設計が、塩昆布のまろやかな塩気や三つ葉の清涼な薫り、そして生姜の鮮烈さと段階的に重なり、口の中で静かな奥行きを描き出していました。
麺の「素顔」と、黒糖のような深みを湛えたお揚げ
私自身は、麺そのものが持つ質感や表情をより深く識りたいという思いから、いつものように「冷やしささめきつね」を選びました。温かなものとは対照的な麺の弾力を、主人と分け合いながら、静かにそのお味を確かめました。
ここで一際心に残ったのが、主役を張るお揚げの唯一無二の存在感です。
一般的な薄揚げとは一線を画す、厚みのあるふっくらとした逸品。その深い炊き上がりは、まるで黒糖を思わせるような奥行きのある甘みを湛えていました。噛みしめるたびにジュワッと溢れ出す豊かな煮汁は、これでお稲荷さんを仕立てればどれほど……と想像を掻き立てるほど。このおうどんのためだけに調えられた、吾妻さんだからこその「きつね」の姿がそこにありました。
また、添えられた天かすの質も印象的でした。天ぷらが美味しいお店ならではの、細かくカリッと揚げられたその粒は、お出汁に浸っても容易にふやけることなく、最後まで香ばしさを保ち続けます。
常温に近い温度で締められた麺の瑞々しさに、お揚げの深い甘みと天かすのコク、そしてキリッとしたぶっかけ出汁。それらが合わさることで、細麺という簡潔な素材の上に、端正な味のコントラストが成立していました。
一生懸命に麺を啜る我が子の姿。
歴史を尊ぶ心と、本物の味を識る舌。ご主人の笑顔に見守られながら過ごした「吾妻」さんでのひとときは、私たち家族にとって、一期一会の穏やかな記憶となりました。
伝統に甘んじることなく、今なお瑞々しいお味を守り続ける職人さんの仕事。その片鱗に触れさせていただけたことに感謝しつつ、お店を後にいたしました。
ご馳走様でございました。

料理研究家 指宿さゆり
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