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#林檎とラ・フランスのカスタードケーキ 東日本大震災で18歳で亡くなった 息子が好きだった苺のケーキカスタードクリームケーキ食べて欲しかったなと思いながら作りました。 3月11日の記憶書き直し始めました。
スクロールしていただければ見れます。

#カスタードクリーム
#苺のケーキ#ケーキ
#ラ・フランスのカスタードケーキ #ラ・フランス

カスタードケーキ、おいしいですよね!材料や工程は少し多いですが、丁寧に作ればきっと素敵なケーキが焼き上がりますよ。ここでは、基本的なカスタードケーキのレシピと、いくつかアレンジレシピをご紹介します。

基本のカスタードケーキ

材料:
* スポンジケーキ:
* 卵:3個
* 砂糖:90g
* 薄力粉:90g
* 牛乳:大さじ2
* 溶かしバター:20g

* カスタードクリーム:
* 卵黄:2個分
* 砂糖:50g
* 薄力粉:20g
* 牛乳:200ml
* バニラエッセンス:少々

* その他:
* 粉糖:適量

作り方:

* スポンジケーキを作る:

* 卵と砂糖をボウルに入れ、湯煎にかけながら泡立て器で白くもったりするまで泡立てます。

* 薄力粉をふるい入れ、ゴムベラでさっくりと混ぜます。

* 温めた牛乳と溶かしバターを加え、さらに混ぜます。

* 型に生地を流し入れ、180℃に予熱したオーブンで約20分焼きます。

* 粗熱を取り、型から外して冷まします。

* カスタードクリームを作る:
* 卵黄と砂糖をボウルに入れ、白っぽくなるまで混ぜます。

* 薄力粉をふるい入れ、混ぜます。

* 温めた牛乳を少しずつ加えながら混ぜ、鍋に移します。

* 弱火にかけ、絶えず混ぜながらとろみがつくまで加熱します。

* 火からおろし、バニラエッセンスを加えて混ぜ、冷まします。

* 仕上げ:
* スポンジケーキを横半分にスライスし、カスタードクリームを塗ります。

* もう一枚のスポンジケーキで挟み、粉糖を振ったら完成です。

アレンジレシピ:

* フルーツカスタードケーキ:

* カスタードクリームに、いちごやバナナなどのフルーツを加えてもおいしいです。

* 抹茶カスタードケーキ:
* カスタードクリームに抹茶パウダーを混ぜると、和風の味わいに。

* チョコレートカスタードケーキ:
* カスタードクリームに溶かしたチョコレートを混ぜると、濃厚な味わいに。

ポイント:
* スポンジケーキは、卵をしっかりと泡立てることがふんわりと焼き上げるコツです。

* カスタードクリームは、焦げ付かないように弱火で絶えず混ぜながら加熱しましょう。

* 焼き加減は、お使いのオーブンによって調節してください。
ぜひ、お好みのカスタードケーキを作ってみてくださいね。



3.11の記憶ここに残すことをお許しください。津波の恐怖を思い出したくない方はご遠慮ください。同情を引こうとは思ってません。ただ、本当に地域の防災マップの波形予測通りの津波が繰り返し押し寄せてきたことは確かです。必ず過信せず、逃げることが大事と言うことを伝えたくてここに記させてもらおうと思います。時間のある時なので不定期ですが、ご覧いただけて参考になればとの思いで。なくなる方を減らしたいという一心で書かせてもらいます。



3、11東日本大震災の記憶

2011年3月11日、釜石市の実家と自宅のある漁村に居ました。晴天で穏やかで肌寒い日でした。昼ごはんを食べて、脳出血で寝たきりの父と妹、足の悪い母のいる実家に13時頃着きました。
母が釜石の市街地に用事があって、父の面倒を見ていてくれないかと頼まれていたので実家に行ったのでした。

母に、なんだか胸騒ぎがして、最近地震大きい地震揺れあったから、もし万が一津波が来た時の行動覚えているよね⁉️と再確認するのでした。家🏠で、お父さんの自宅介護をしてたので、海沿いし住む私たちは、地域連絡を取り、民生委員さんに相談して津波の時は、地域消防団員の力を借りたいと、病院や輸送サービス、と連携はかり避難行動すると決めていました。

釜石市の9階建ての、のぞみ病院に逃げてね。大きい津波が来た場合、昭和8年3月3日の津波は、隣の桜で有名な薬師公園の高いところ、病院の高さにすると5階の高さまで到達したんだって、停電になってエレベーター動かなくなると思うけど、病院の9階まで、足が痛いと思うけどお母さん、上がって逃げてね。と言っていたのでした。

この3日前、3月9日頃、海岸を友人と散歩してた時に崖の法面からカラカラと落石、よろめいて小石が崩れてきて、地震なのか鳥たちが、一斉に鳴き声あげて飛び立ったり。道路に落石があったり地震の予兆があったのでした。警察に電話して落石をよけてもらおうとしたら、市役所電話してとか言われて山の地権者の所有物だから市道でも動かせないとの事なんて融通きかないんだとブツクサ言いながら友人と路肩に避けた次第でした。

第1の避難行動、お父さんの避難先のぞみ病院だけど、委託している輸送車が来ない可能性もあるよね。

大地震の場合、私と妹と自主避難 第2の避難行動するからお父さん連れて消防団員の人に頼んで高台の保育園に避難するから、津波は早くて18分で到達するって防災マップに書いてるよ。以前話し合いをして決めてた通りに行動してね。とお母さんに声掛けて別れたのが1時30分頃。

妹に今日、釜石の火の車で飲み会、夜釣り終わったらあるから、釣りのスポット見てくるから、お父さんの面倒、50分くらい見ててちょうだい。何かあったらすぐ実家に戻るからと言い渡し、14時10分頃散歩に海岸に出掛けました。

海岸を散歩して、海をのぞきこんだりしていて、2時46分大きな縦揺れを感じました。地面の下から突き上げるような揺れ、よろめいて立ってるのがようやっと。これは津波が来ると思いました。
三陸リアス式海岸の景勝地もがけ崩れ、グーニーズの最後の場面落石がけ崩れさながら土煙を上げて海に落下している風景と同じでした。

電線が足元30センチのところで、長い地震の揺れの中切れて、ヒバナ散らしていて、ヒヤリとしました。いつも防波堤の高いところ、上がって海覗き込んでいたけど,今日はその時間に地震が来てたら振り落とされていたかもって、考えると怖くなります。

それで我に返って、さっきまでスマホで音楽、安全地帯のあの頃へ聴いて散歩してたけど、自宅に電話、お母さんに電話。息子は大丈夫か❓なんて心配になり、電話しようとしたところ、さっき切れた電線は携帯基地局近くの電線、繋がらない!諦めて揺れが強い中、家路に急いで逃げました。

帰る途中、12メートルの水門は、ビニールシートがかかっており、閉めれるのかなぁと、気になったのと、もし閉まらないと甚大な被害になると、背筋にざわつきを覚えました。船着場は、そこが見えるくらい水が引き始めているこれは逃げないと津波が来る。🏃💦💨急げ。

今日の飲み会の友人宅によって逃げるよう、うながそう。
足の悪いおじいちゃんと孫小学生3人もいる。大丈夫かなぁ。奥さんひとりでみんな避難させるの、大変だなぁ💦。
うちも大変だけど、お互い津波てんでんこ、自分の身は自分で守るだよね。気をつけて逃げようね。と言って別れました。
その足で実家に戻りました。家に着いたら15時ちょっと過ぎ、防災無線で2メートルの津波が襲ってきます。と伝えてます。だんだん津波の大きさが上がって6メートルとか言っています。その6メートルの防災無線の知らせが最後でした。

妹はお父さんの横でベットの柵につかまって怯えていました。
怖いのはわかるけど今すぐ厚着して、大事な身の回りのもの、持って逃げる準備。たくさん持ち出せないよ。

お父さんの避難行動、保育園へ避難するから 消防団員の人に頼んで来るね。準備してて。
妹に伝えて居ました。
消防団員さんが消防屯所にいたのでお願いします。と頼み
今すぐ軽トラで搬送するから、家戻って準備しててと言われて急いで、実家に戻って行きました。

持ってたものはティッシュ、携帯ラジオ小銭入れ、お父さんのオムツ、ホッカイロ、痰の吸引器、電気も使えないのに持って行ってしまった。懐中電灯。貴重品わずか。でした。

お父さんを家からベットパットのまま、消防団員さん2人と引きずり出し、布団を被せて軽トラの荷台乗せて、走り出し、坂道を追いかけて、高台の保育園行くから、走ってついてこいよ‼️
と言われて急いで逃げていて
ヾ(゚д゚;)/≡💨坂道の中腹で、驚愕の津波が12メートルの防潮堤水門超えて町の中に入ってくる。消防団員さんが津波が町をのみこんでる。急いで逃げろ💨🚗³₃と言っている。全力のスピードで逃げました。6メートルどころじゃないよ、12メートル超えて来ている。予想を遥かに超える津波怖い😱💦

ガソリンスタンドの天井の高さ給油口の天井まで達している。急いでにげなきゃ。ものすごいスピードで迫ってくる。
坂を登りきると、母さんカメラ家から取ってきてくれ、津波を撮ると言ってる人がいる。逃げよう!と誘っても強く言っても聞く耳持たない人もいた。
幼い生後3ヶ月の、子供連れた友人も逃げている。一緒に逃げよう。保育園目指して。みんなにこっちだこっちだと、声掛けながら急いで逃げました。

横目に坂の下の町並みが、津波でなぎ倒されていくのを横目に見ながら逃げて、さらに高い所へ行く坂道に差しかかる頃、今度は病弱な私たちには希望もない家を失ったら終わりだと言って、家に入って逃げないことを決意したご家族もいた。
生きていれば何とかなると説得も虚しく、消防団員さんも諦めてみんなは逃げよう!
さあ、あと少し逃げろ、急げ🏃💦💨あと少しだ。頑張って逃げるぞと言ってみんなで逃げました。

保育園の園庭に着くとそこよりさらに高いところの3件の家が、建っているところにみんな保育園より、高台だからといって、車を園庭に乗り捨てて、150人くらいが避難していました。

東北大学の片田敏孝教授が津波防災マップ釜石市で、書いていた通り津波到達予想地点の通り、本当に当たってると思いました。津波が襲来しました。
保育園にまで第2波の津波が襲来して、津波はさっき逃げてきた坂道を駆け上り到達ヾ(゚д゚;)/≡💨。海抜17メートルの地点まで来ていました。

恐怖に震え、お父さんの乗っている軽トラの荷台のぼっていて正解🙆でした。
車がひしめき合い乱雑にぶつかって挟まれることが想定されたので咄嗟に飛び乗りました。
こういう時っていい知恵をご先祖さまが授けてくれたのかとそんな気がしてなりませんでした。

津波第2波が、私たちを恐怖に引きずり込む。保育園の園庭にとめていた軽トラは、保育園の玄関のサッシにぶつかって、軽トラで押しつぶされて壊れそうになるし、揺れと津波の威力は絶大でした。

軽トラに乗ってるお父さんを抱き抱えて震えていたらもうこれで終わりかもね。気がついたら腰まで水に浸かってました。

妹は、民家3件の裏山に逃げろと言って逃がしたから、お父さんこれで終わりかもって、まさかの場合は一緒だよと、言って震えていました。震えていたら、また今度は切れた電線が頭の上に落ちてきて、通電していなかったから助かったと思いました。

揺れが強い中、今度は引き波で車が動き始めて、軽自動車の外にいるおじいちゃんと、軽自動車の中に、閉じ込められたおばあちゃんがいました。
おじいちゃんは車と軽自動車に挟まれてるし、おばあちゃんは後部座席から出られないでいる。早く助けなきゃ。
引き波で水が引き始め見事な威力で水が引きはじめました。

今がチャンス。おじいちゃんとおばあちゃんと私たちを、助けてと言って叫びました。引き波で今がチャンスです。お願いします
m(_ _)m。と。

ぞろぞろと消防隊員の人達が、助けに来てくれて、車に挟まれたおじいちゃんを流れ着いた柱の角材で車を、テコの原理で、動かし救出。おばあちゃんに車の後ろのドアから出れないから、後ろのドアに回ってそこから救出。私のお父さんも救出していただき感謝しました。
間一髪のところで山の3件の民家のそばまで迫る第3波を背に逃げました。ギリギリ逃げてほっと胸を撫で下ろしました。
着いたら着いたで、山の法面を駆け上がる先輩のご両親。津波が迫ってる。助けなきゃと思い力いっぱい数人で引き上げて、肩が外れたらしいけど助けました。

ここで夜を明かさなきゃならないなぁ。沢山人もいる。
心配そうにみんな第3波の津波が襲来するのを見ている。
ここまでやってこなければいいと思っていました。
既に海抜17メートルの場所まで津波が押し寄せている。何度も襲ってくる津波。不安でした。

津波は何度もおしよせている。津波が引いたと思ってもまた津波が来る。安全確認されるまでだから家に戻ろうとしたりしないことです。

妹は山の高いところに逃げて、お母さんにもし伝えれたら、伝えてくれと言い残しました。私たちが津波に巻き込まれたら、最後まで頑張ったと伝えてくれと、それをきちんと守って山に逃げてた妹を、消防団員の方に見つけてくれました。
助かったよ。って伝えました。とりあえず良かった無事で。と言ってくれました。

その夜は男女、子供、お年寄り200人の人たちで、3軒の家はいっぱいになりました。

薪をくべて暖をとっている人もいたけど、地震が凄いから山に引火したら大変2時災害の恐れ、ありだから、火を消してください。と言って火を消して過ごしました。

夜になり、山の3軒の家で過ごすことになった200人。男女わかれて、1軒ずつ使って、3軒目は重傷者のいる建物になりました。
さっき負傷したおじいさんのご家族、おばあちゃん、お嫁さん、おじいさんの妹さん、私、お父さん
妹がすごしました。何も家も残らないほどの津波だねぇ。これからどうなるのか❓とため息つきながらみんな言っています。

ラジオで📻大槌の城山が燃えているといっていた。二次災害起きているんだ。と津波情報が入ってくる。おじいちゃんのお嫁さんが、旦那さん城山に逃げていたらどうしよう。町役場勤めてるから心配。。。と心のうちを打ち明けてくれた。辛かった。
大槌も町長さんほかたくさんの方が被害にあわれたところです。ご冥福をお祈りします。

私も、お母さんが釜石市街地に出かけていて、離れ離れ、息子も寿司屋で仕事してるから心配。と心の声が漏れてしまいました。

車に挟まれて、肋骨を骨折したおじいちゃんのご家族と、おじいちゃんの骨折の具合を見ながらオムツを履かせることになり、介護した事の無いご家族だったので手伝いをしてもらって、体位を動かしぶつけた場所に負担がかからないように、そっと動かしてみました。患部は紫になっていて骨折だなぁと思い、静かにオムツ交換。肋骨にくい込んだら大変なので慎重になりました。
丁度6回分吸収のオムツ持ってきていたので、明るいうちにお父さんのオムツも取り換えて、おしっこで体温上がるから体の低体温防げるなと思い、布団も汚れたまま寝ても良いという家の持ち主に感謝してお借りしておじいちゃんは、痛いかと聞いてみて頷くだけで、声も出ないほどでした。
私のお父さんは布団を被ってきたので良かったです。建物のなかで過ごせたのが幸いでした。

揺れで家具が迫ってくる恐怖とロウソクを提供されていたけど懐中電灯あったので夜はラジオと懐中電灯で乗り切りました。夜が開けると外から声が、
おにぎりを、沢水で炊いて、くれた婦人会のみんな🍙200人に2個づつ。400個も握ってくれて。薪があったので銅鍋 、にしめを炊く鍋で沢水を使って炊いてくれた。塩も海苔もないけどせっかくだから頂けと消防団員さんが言って持ってきてくださった。

お米、私たち若い人間だったら炊飯器で炊くことしか知らないからおばちゃんたちの知恵には、感謝しました。

津波は2日目も断続的に襲ってきている。いつになったらここの山の家を離れて新しい避難先目指せるか、消防団の人達は山の斜面を行き来して隣町や町内の状況を把握し始めていました。皆の安全が1番、消防団の言う事聞いて動きましようとの事。

消防団員さんが隣町も大打撃ドラックストアも流されたと言ってそこまで来たのかと思ったら、まさかのお米とオムツ持ってきたからと言って居ました。略奪していく人でいっぱいだったと言っていました。
避難生活のためだとはいえ、危険な状態。津波が来ない時を狙っての行動危険を犯しても対処してくれたことに感謝します。

3日目の朝、避難先の食料もつき、動ける人は昼頃から山の法面の斜面を下って高速道路の上に出るように支持され動き始めたみたいで、人影もなくなってました。

残されたのは3軒目日り残された私達とおじいちゃん家族と消防団の皆様。

夕方になる前にここを離れるからと言われて、消防団の人達は角材と物干し竿に毛布を巻いて応急担架を作って、私のお父さんを、救出。消防団の人からの情報で、のぞみ病院付近は瓦礫でいっぱいで通れないと言っていました。だから県立釜石病院に搬送するけど良いよなと言われ法面をくだり、見た光景に唖然として声も出ないで涙が出てきました。
家という家はみんな残ってない。流されて壊されて家の土台しか、どの家も残っていない。あの光景は一生忘れないと思います。絶句でした。

お母さん無事だといいなぁと心から願い。息子も無事でいてほしいと願いました。

その願い虚しく、息子は3月19日に銀行の前で、変わり果てた姿で発見されました。誰か当時の息子の様子知ってる人いないかと、40日後に花とお菓子とジュースを供えに行ったら、丁度料理屋のご主人夫妻に出会い、息子が地震発生からすぐ道路にしゃがみこみ、逃げろと言ったんだけど逃げれなくなっていたんだと、その時の様子を聞きました。無念でなりませんでした。

その後母とのぞみ病院で44日後に再会、わたしたちが亡くなっていると思い込んで、痩せこけていました。お母さんをのぞみ病院で見たという人の情報で、さがしあてることが出来ました。ずっと津波警報、津波注意報が解除されないままでしたので街を探すことは出来なかった。ようやく母に逢えても息子の訃報を聞いて母は、私の悲しみました。
お父さんと妹の無事も伝え、これからだよって、どうなるか分からないけど生きてる以上は頑張っていくしかないね。軽く言えることでは無いけどとりあえず1日1日、大切に生きていこうと語り合いました。











フォローありがとう
お弁当中心です
宜しくお願いします😁
とってもおいしそうです💕
justice🍎IWATE🍎 から f.1125be
おはようございます☀いつも見てくれてありがとうございます🤗返信遅れてすみませんでした😅和食中心でワンパターンな食事が多いけど作ってます。こちらこそ、よろしくお願いします🤗
justice🍎IWATE🍎 から としちゃん
ありがとうございます😊これからもよろしくお願いします🤗
3.11の記憶①
その日はよく晴れて、穏やかんで風邪は冷たいのでした。あの日、釜石の実家のある漁村にいました。私の家も、ちょっと高台にあったのですが、実家の母が父の介護をしながら、妹と住んでました。母が釜石市街地に用事があり出かけるので父の面倒をたまに見ていてくれと言って出かけたのが、午後1時30分、先日から地震揺れていて、怖いからもしもの時は、9階建ての病院に逃げてね。私は消防の人頼って、高台に父と妹と一緒に逃げるから、と言って送り出したのが、母との再会まで22日安否も不明の日々は続く予感がして送り出していたのでした。
3.11の記憶②
いつもの散歩コースの海岸に、妹にお父さんの面倒ちょっとだけ見ていてと頼んで、散歩に50分位行ってくるからよろしくね。と頼んで出かけて、今日の夜釣りに海岸で友達と会ってそれから釣りを9時にやめて飲み会に釜石の会場に行ってこなきゃいけないから釣りのポイント見てくるね。と言って家を出て海岸までは、600メートル位の位置にあった家から1キロくらい離れた地点で地震の揺れに襲われました。イヤホンをして音楽聴きながらの散歩、グラグラと縦揺れに連続、三陸のリアス式のがけ崩れが目に入ってきて、これは海から逃げないと折り返しの堤防の上上がらなくてよかった
3.11の記憶③
堤防の上上がっていたら振り落とされていたかも、、、。怖いからすぐ逃げよう。お父さんと妹そして息子、お母さん、お母さんに電話しよう。その時携帯基地局の電線が切れて揺れで電信柱が倒れてくれた電話通じない。あきらめて逃げよう。パニックになりながら、帰路必死で逃げてると海水がみるみる引き始めた。大変水門が閉じないはず。工事中。消防の人たちも大変なはず。ワカメの集荷作業してる人も逃げてる。船を沖に出す人もいた。助からねばならない。お父さんの事頼まれたからお母さんに。絶対逃げ切ってみなきゃ
3.11の記憶④
妹もいる。妹やお父さんに何かあれば母が悲しむと思い早く帰ろう。水門をくぐって国道45号線が見えた。車もそんなに通ってない。揺れはだんだん強まる。回数も頻回に。友達の家寄って、大丈夫。孫ちゃん3人とおじいちゃん足が弱いので大変だよね。私の家もお父さん寝たきりだから。とにかく津波てんでんこ一人一人逃げるの意味。東北大学の片田教授の防災マップのところまで津波来る予想だから、高台に逃げなくちゃね。と言って別れました。後日しばらくたってから友人も逃げたとのことよかったと安堵した次第でした。本当に防災マップのとおりに津波が来ました。びっくりです。
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3.11の記憶⑤
津波研究者、片田敏孝先生の言う通り、津波は各地域、釜石市防災マップの水位で計測されました。ほぼ間違えなく、今度も襲ってくる津波防災マップは3.11の威力が甚大だったため見直されたけど、物凄い被害の津波になりそうで怖いです。海抜1メートルくらい沈下しているので。被害は甚大になりそうで、必ず高台のより高いとこ目指して逃げることが大事だと思います。あきらめないで生きていれば何とかなります。途方に暮れることもありますが、大事な人たちのため自分のため生きるのです。
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3.11の記憶⑥
友人たちと別れて避難のため家に急いで帰って、家は何も落ちることもなく無事で妹がお父さんのベットの柵にしがみついていた。急いで逃げる準備して、と伝え、近所の消防の屯所に急いだ。2メートルの津波が来ますと言ったり6メートルと言ったり防災無線で流しているけどそれですまないと思っていたら消防団員さんがいて、お父さんの事だろ。と言ってくれて家からベットパットのママ引きずり出して軽トラックに乗せて私たちを誘導し近くの高台の保育園に避難するから走ってついてこいと言い残し必死で追いつくため後について逃げていると津波が防潮堤12メートル
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3.11の記憶⑦
津波が12メートルの防潮堤越えて家を次々飲み込み避難の時坂道の中間で見た光景はガソリンスタンドの天井給油所の屋根のところまで津波が高くなって襲ってくるほんとに真剣に逃げなきゃ。近所の人や生後3カ月の子供を抱いたお母さんも逃げていて一緒に逃げようと言って逃げた。坂を登り、奥さんにカメラ撮ってきてくれと言ってつなみにのまれたひとや、もうだめだとあきらめて家に入ってくひともいた。逃げましょうと声をかけてもなすすべもなく、唖然としたけど逃げなきゃいけない。そうこう言っているとさっきまでいた家に津波が押し寄せている。
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3.11の記憶⑧
津波を脇目に見ながらいずれこの高いとこにも襲ってくる。さらに高い保育園まで逃げないと片田敏孝教授の言う通り逃げよう。津波と追いかけっこでした。保育園の園庭は次なる高台への坂道があり、坂道を駆け上がったらたくさんの車と人が逃げてきていました。山側の家のある方へ逃げないと助からないよ逃げてと声をかけながら、保育園の園庭に取り残されたお父さんを探し、見つけお父さん残して山側の3件ある家の方へは逃げれないなと思いました。そこで軽トラの荷台に乗って、お父さんを抱きかかえて津波第二波が迫っている恐怖に震えていました。
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3.11の記憶⑨第二波がこくどうをそれた保育園まで襲ってきました。船が港から坂道を津波の威力で押してくる迫ってくるようで怖い。車が空を飛んで1回転して落ちたり津波の威力はすごい。高台でさえ津波が昇ってくれば、威力は絶大です。第二波が到着して軽トラの荷台に浸水、軽トラが保育園の建物の方に押されて怖い。電線2回目切れて頭上に落ちてくる。通電されてなかったから感染はしなかったけど恐怖でした。津波第2波目が引き始めた。すごい勢いで水が引いていく。私たちの乗っていた軽トラを動かすほどの威力、止まったところでああ、とりあえず助かった。周囲を見ると
おじいさんが車の外でおばあさんを車から降ろそうとして、津波で流れてきた車に挟まってしまっていた。大変助けを呼ばなきゃ。消防団員さん達は高台にいる。人がいます助けてくださいと声を上げた。急いで駆け寄ってくれる消防団員さん達、津波が引いた急いで救い出すぞと言って私とお父さんとおじいちゃん夫婦を救い出し、おじいちゃんを助けるのに大きな角材持ってきて車をテコの原理で動かし急いで救い出す。感謝の念で一杯になります。当時を思い出すと危険顧みないで助けてくれたから今があります。高台へ避難できてそこには200人が逃げてきていました。
3.11の記憶⑩
逃げたのもつかの間、津波第3波が襲ってきました。さっきまでいた保育園の園庭は津波の威力で瓦礫や流れ着いたタンスや車がぶつかり合い遠くではガス爆発音、プロパンガスが爆発するような音とひしめき合う車の音とガタガタと揺れながら地鳴りがして怖かったです。逃げ遅れて来たおじさんやおばさんが命からがら、のり面まで迫ってくるのを急いで駆け上がって助けを求めたり、片田教授の監修した防災マップに書かれてる通りの水位真っ向に津波は遡上して海抜18メートルの地点まで駆け上ってきたのでした。皆、山の近くの3軒の家で夜を過ごすことになりました。
200人が不安な夜を過ごしていて、避難者名簿を作ろうということで、みんな名前と住所と年齢を書いて消防団長さんが管理しました。私たち、妹と寝たきりのお父さんと先ほど車に挟まれたおじいさん夫婦とその家族は、離れの住宅の一間をお借りすることになり申し訳ないなぁと思いながら電気はつかず、スマホのバッテリーが不足するなか繋がることもなく、持って逃げてきた携帯ラジオに耳を傾け
ガタガタと地鳴りとともに何度も揺れが襲ってきていて、隣の2軒の家には、200にん男女分かれて避難させてもらっている状態でした。夜、火を起こすことは山の近くなので危ないということでした
つらい体験を分かちあってくださりありがとうございます。何度も読み直しています。このケーキを見るのが切ないです。
justice🍎IWATE🍎 から 21 Boys & 野鳥
読んでくださってありがとうございます。津波でなくなる方が少なくなることを願って、いざという時に津波から逃げるという決断をしていただきたく。書いています。希望を失わず、その時の喪失感は大きいもので、途中で諦めた人たちを、思い出すと辛いです。心を強く持って周りと協力して支え合いながら逃げ切ってほしいと思います。話はまだ続きますが最後まで読んでくださればうれしいです。不定期で載せてるので、ごめんなさい。
justice🍎IWATE🍎 から justice🍎IWATE🍎
うちの寝たきりのお父さんは平常心でした。寝たきりでも意思表示できるのでいつも逃げなさい津波の時はと言っていたくらいでしたから。チリ津波や十勝沖の津波経験しているから、来る時が来たという顔していました。一緒にいた車に挟まれたおじいちゃんのほうが心配になりました。顔色も良くなく、声もかすれるような声で痛いですかと問いかけたところ首を縦に振り、見せてもらう決断をしてそーっとおむつ交換をしました。見たところ肋骨付近は打撲ではなさそうで、折れてるなぁと思いました。肺に肋骨くいこまなきゃいいけど、と思いました。
justice🍎IWATE🍎 から justice🍎IWATE🍎
紫色に変化した肋骨付近、トイレに行けない状態で、体温下がるのを防ぐには、排尿をおむつにしてもらって、5,6回分吸収するタイプの物持ってきてよかった。少し股間のあたりがあったまるから、寒さも布団借りたから少しは低体温起こすことは防げると思。おじいちゃん助かってくれと思いました。
これは救急車来ないと助けれないなぁ。救急隊の人に何とか面倒見てくれと頼まれた以上容態をみていないといけないし。不安でしたが、このような対処しかできませんでした。
justice🍎IWATE🍎 から justice🍎IWATE🍎
グラグラと揺れて津波は何度も押し寄せていました。ここから離れることは許さない。安全確保されるまで消防団の一に従い。時折山の急斜面から、津波にのみ込まれた街の様子や津波が、どの程度落ち着いたか見に3日間通った消防団員の人たちは山越えして、おむつ子ども用やお米をドラッグストアから調達してきたり、ご婦人方は銅のお鍋の大きな物煮しめを煮る鍋で、外に薪で火をおこし沢水でご飯を200人分炊いて白飯にぎりを作って配布してくれたり不足する物資もお米調達も大変そうでした。私たちよりお年寄りの知恵がこれほど役に立つとは本当に協力しながら避難生活でした。
justice🍎IWATE🍎 から justice🍎IWATE🍎
津波は何度も襲ってくる。回を増す事に高くなるからより安全な高台に逃げる事、安全確保されるまで、安全な場所から引き返さないこと。危険区域には近づかないこと。家族で連絡取れなくても自分の安全第一。各々が自身を守ること。避難場所はあらかじめどこにいた時はここに逃げると、家族間で共有しておくこと。だいたいでいいので。防災マップ確認しておくこと子どもが、お母さんが心配とか気にして家に助けに戻って亡くなられた方も多い。一人一人の安全確保が大事です。
justice🍎IWATE🍎 から justice🍎IWATE🍎
大きな地震が来た時は、大きな津波が来る。高台へ逃げろ。という津波記念碑昭和8年3月3日に起きた津波記念碑見て育ったから逃げました。いろいろと小さい頃よそのおばあちゃんからも津波の恐ろしさを聞きました。3日間山の近く過ごしたけれど、食料も底を尽くし、少しだけ安全な場所へ移動ということで、山の急斜面を担架を物干しざおと角材と毛布で作り消防隊員の人達とお父さんと県立病院へ行くことになりました。おじいちゃん家族は、残念ながら
暗くて危険だということともう長くはないとのことで来られなかったみたいです。お亡くなりになられた。無念でなりませんでした
justice🍎IWATE🍎 から justice🍎IWATE🍎
本当に辛いのは、避難所に移ってからでした。避難所運営の手伝いを朝5時から、夜9時まで続けながらご飯の支度片付け物資の整理、掃除接客雑用等、母親と息子に連絡つかず、居ても立っても居られない気持ちになりましたが、津波で市街地に行くことが出来ず、検問で引っかかり、市街地に言ってはならない津波警報でてるからと言われる始末。。。あの晩、お母さんは大丈夫か、本当にお父さんは助かったけど、会えるだろうか、息子は釜石の寿司店で仕事してるけど大丈夫だろうかと心配をしていました。避難所でも皆、行方不明や安否確認できない人を探しに行ったり、忙しくしていたりしているので手伝わずには居られませんでした。
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避難所で過ごすこと、22日目に母が見つかったとのこと。9階建ての病院にいると聞いて安心しました。残念ながら、40日過ぎてから息子の訃報を聞きました。おびえて足がすくみ逃げられないでいたと。一緒に逃げようにも津波が迫っていたから声だけかけたんだよなと言う料理屋のご主人に最後に会った様子を聞きました。残念です。無念です。死にたいと思ったこともあります。でも助けられた命、大事にしなきゃ。お父さんを守らなきゃならなかったから生きていました。使命にかられて助かったけど残念でなりません。だからこそ足もすくむ程怖い津波だけど、力いっぱい逃げてほしいのです
justice🍎IWATE🍎 から justice🍎IWATE🍎
生きていればなんとかなるけど、日々つらいこともあるけどみんな同じ試練を課せられたのだと、苦難を乗り越えていきてかなきゃいけないのは生まれてきたからにはみんな一緒、大切な人たちのためにも生きることが大事だと思います。 あとは思いついたときに加筆します。ありがとうございました。
justice🍎IWATE🍎 から justice🍎IWATE🍎
悲しみに暮れていても、亡くなった息子は帰ってはきません。泣きたくなる夜も何度も繰り返しました。泣いても帰ってこない。いい時を思い出してあげることしかできないのです。
justice🍎IWATE🍎 から justice🍎IWATE🍎
3日目に山の法面下っていた時に目の前に家は全部流された、光景、残っている家はないというほど唖然としました。鉄骨の建物の鉄骨がむき出しになって1軒だけ建ってるだけ、壊滅状態にすさまじい威力だったことが、ふるさとを呑み込む、日常の生活を奪う津波が恐ろしいものだと思い知らされました。国道だけがきれいになっていてなぜか無言で声も出ないほど絶句してしまいました。水害は恐ろしい。川の氾濫も台風の時とか怖いと思う。本当に防災意識高くして備えていないといけない時代ですね。今後このような災害に見舞われることのなきよう祈りたい気分です。
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前の投稿を見ていけば、お話の最初が探せますか? その写真のタイトル、覚えておられたら教えてくださいね。なければ、ぽつぽつ見ていきますので。
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すみません。タイを付けるのを忘れただけです。これは書かなきゃとか思って後で書き直そうと思ってたり、辛すぎて書けそうもないなぁと戸惑ったりで筆が進まなかったりでした。ごめんなさい。ちょっと焦って書いたから脈絡がつかめなくなってますが、暇なとき手直ししますねごめんなさいm(_ _;)m。
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ごめんなさい、どうか済まない気持ちにならないで!

私たちもSDばかりやっているわけではない(やっていてはいけない)ので、ひとつひとつゆっくり見ますから🥹
書いてはいけないと思いつつも風化させたくない思いと大切な命を守る大切さ、故人の無念さを思うと辛いけど、諦めたらだめだと痛感しました。たくさんの知り合い知人を亡くしました。過去の思い出となって別れがつらかった、生きていてこそですよ。いい人だったと思っていても、日々お互いが健康と幸せを気にかけて生きる人たちが少なくなって,SDでいろいろな方と巡り合い、励みにさせてもらってます、元気いただいて、今日も一日頑張ろうと思ってます。こんな私ですがよろしくお願いします🤗
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東日本大震災の3日前の午後2時頃、地元の三陸リアス式海岸の海岸を散歩していて、山の法面付近で、カラカラと沢山の小石が、のり面を滑り落ちてきたりしていました。そして山から大きな石が、市道に落ちていたり、地鳴りらしき物があり、鳥が木から飛びったり、大きな地震の前兆だったんだと思います。津波来るかもね。大きな地震来るかもねと友人と言っていた矢先の大震災でした。このようなことがあれば気を付けた方がいいということもあります。
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文章の脈略が、ぐたぐたになって途中に思いついてしまったことが書かれていたり変になっています。すみません。読んでくださっている皆様、文才がないのでお許しください。
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補足、
2時46分、海岸で小鯵の釣れるポイントを探していた。揺れが来てイヤホンからは安全地帯のあの頃へが流れていた。音楽聴きながらの散歩。水辺の船着場にいたので、大きな地震に驚き離れました。
フォローありがとうございます💕

よろしくお願い🙏します🎵
justice🍎IWATE🍎 から ナナ
こちらこそ、よろしくお願いします🤗☘️✨。
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大きな縦揺れ、立っていられないくらいよろめいて、海をのぞき込んでいて去ろうとしていた時が2時46分でした。
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逃げてる最中に見た光景。船着場の海水がみるみる引き始めて、水門付近は地震による段差ができていて、危険だった。液状化現象も見られた。
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スタンドの屋根の高さの黒い海水が町をのみ込み家々を押し倒しながら速いスピードで登ってくる。必死に逃げないと大変なことになる。津波の時の避難経路は、常に意識していないといけない。
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大槌町の城山が、火事で燃えていたらしいと聞いた。ラジオのニュースで聞こえていた。山で大地震のときに火を起こすのは危険だと思う。
3月11日 東日本大震災から14年目を迎えて 、被災地に仕事のため帰れなかったので、今いる場所から、東の方角見て、心から追悼の祈りを捧げました。恐ろしい津波の犠牲者が少なくなることを願いご祈念しました。
初もぐもぐ有難うございます😊
justice🍎IWATE🍎 から Tarou Masayuki
こちらこそ、たくさんの もぐもぐ ありがとうございます✨🌼☘️m(_ _)m。これからも、よろしくお願いします🤗💐🌼☘️✨
フォローして下さり、ありがとうございます🙏
フォロバさせて頂きましたのでよろしくお願いします😊
いちご美味しいですよね🍓
息子さんも自分のために作ってくれたことすごく喜んでいると思います😌
綺麗に作られていてすごく美味しそうです🥰
justice🍎IWATE🍎 から あゆな
ありがとうございます🌸💐🍀✨。こちらこそ、よろしくお願いします☘️💐✨
かわいいケーキですね!フォローバックありがとうございます!!
justice🍎IWATE🍎 から coco
こちらこそ🌸よろしくお願いします☘️✨これからももぐもぐしますね🌸☘️✨
ありがとうございます!こちらも、もぐもぐしますね☺️
フォローありがとうございます😊
 とても可愛いケーキだったので思わずもぐもぐしました♡︎ʾʾ
justice🍎IWATE🍎 から ◡̈︎*♚︎‧。* ゚ + 。・゚・SHIHO
お褒めいただき嬉しいです🌸💚✨これからももぐもぐしますね🍀✨🌼よろしくお願いします🌼✨🍀
たくさん良いねありがとうございました😊
随分snapdish投稿していませんでした。
ありがとうございます。
justice🍎IWATE🍎 から 畑田 成治
こちらこそ(*^^*)よろしくお願いします(。ᵕᴗᵕ。)これから少しづつ見てもぐもぐしますね( "´༥`" )🍒🌸
3月11日の記憶、書き直しはじめました。
フォローありがとうございます😊よろしくお願いします。
justice🍎IWATE🍎 から じゅん🎶
こちらこそ(*^^*)よろしくお願いします☘️🍒🎶もぐもぐありがとうございます✨✨•*¨*•.¸¸♪✧
めちゃくちゃ美味しそうですね💕︎💕︎💕︎😃
justice🍎IWATE🍎 から KAORUNSHEEP
はじめまして~ヾ(*・ω・*)ノ
フォロー、もぐもぐありがとうございます✨✨•*¨*•.¸¸♪✧🙇‍♀️

ケーキ🍰(〃^∇^)o_彡☆
お褒めいただき嬉しいです✨

これからもよろしくお願いします💚🧡💛🌸☘️🍒🎶
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